テキサス移住のひきこもごも

半世紀以上住んだ日本に見切りをつけて 楽しみを追求するために2019年アメリカ移住 エンタメ、スポーツ、文化、生活など、 アメリカ在住目線で発信

2024年01月






洋画の配給会社にいた父の体験談。
今回はリチャード・ギア。
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ギア様は、日本がとても好き。

注)前回のシルベスター・スタローンは”スタローン”と呼び捨てだったが
リチャード・ギアはそうはいかない

なのでしばしば来日しては、京都などに泊まって休日を過ごしていた。
そして彼はとても紳士なので、
通訳の戸田奈津子大先生もギア様のことは大好き。
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彼女の講演では、
ギア様が京都に来た時のことをよく話しているようで、
ネットにその内容が載っていた。

ギア様が仏教徒だということは有名だし、
「前世は日本人だった」
とも言っているらしい。

さて、ハリウッドスターが京都に来る際、
それも日本や京都が好きでしばしば訪れる場合、
その人によって泊まるホテルや旅館が決まっている。

ちなみにトム・クルーズは京都では
「俵屋」だったはず。
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俵屋・炭屋・柊屋といえば、京都の老舗旅館の御三家。

ただ、ギア様はこの御三家ではない旅館に泊まっていた。
そこがこちら。
caption
京都市左京区の吉田山という小さな山の中腹にある料理旅館。
東伏見宮の別邸だった建物。

ひと部屋、お二人のお値段15万円前後。
ハリウッドスターにしたら高くないだろうけど、
なかなかのお値段。

私は泊まったことはないけれど、
お墓がこの吉田山の近くにあったので、
法事の際は、いつもここで会食をしていた。

街のド真ん中にある
俵屋・炭屋・柊屋と違って、
吉田山荘は広々としたお庭があり、
そこから見下ろす眺めもよい。



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ギア様はこの庭にたたずみ、
「遠い昔にもここに来たような気がする」
と輪廻転生に思いをはせていたらしい。

そんなギア様のエピソードを一つ。
東京から京都(もしくは大阪)まで新幹線で移動した際、
車内にカーデガンを忘れたギア様。
新幹線を降りてからそれに気が付いたらしい。
さっそく私の父親が電話連絡し、
車内の忘れ物が届いていないか問い合わせた。
しかし、カーデガンは見つからず。
お詫びをする父に対し、
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とめちゃくちゃ優しく言ってくれた。

でも父親は、
あれは絶対に安物なんかじゃない、
ものすごく高級そうなカシミアのカーデガンだった!

と私に力説していた。

そしてこのひと言でギア様の株は爆アガリ。
映画やテレビでギア様を見るたび
ええひと
とずっと言っていた。

そんなギア様はもう74歳。
2019年と2020年には33歳年下の奥様との間にお子様も生まれている。(おいおい)
まだまだお元気そうなので安心した。
これからもかっこよく歳を重ねていって欲しい。


今回、紹介した「吉田山荘」。
ここにはカフェがあるので、泊まらずとも
京都に行く機会があれば寄ってみて欲しい。





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洋画の配給会社にいた父親から、生前いろいろなスターのエピソードを聞いていたので、それをご紹介する。

今回は、シルベスター・スタローン

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スタローンとくれば、Rockyと来るかもしれないが、
Rockyはウチの配給ではなかった(はず)
なので、別の映画のプロモーションでご来日。
だいぶ前のことなので、
その時は上の写真より、もっと若かった。

さて、東京での記者会見などのプロモーション活動を終え、
スタローンは関西にやって来た。
京都に行くためだ。

そしてその時、ウチの父親が、英語ができるわけでもないのに同行することになった。

スターの関西入りというか京都入りは結構面倒で、
お迎えはリムジンでなくちゃダメとか、
お迎えの手配が大変。
これも配給会社のお仕事。

さて京都観光をしていたスタローン。
何を思ったか、突然、

ばなな
と言い出した。

え?
ゴリラ?
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今なら、そこかしこにあるコンビニに入れば、
バナナの1本や2本は売っている。
しかし当時はコンビニなんてなかった。

果物屋?
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京都の観光地のド真ん中に果物屋なんてない!
もちろんスマホなんてなかった時代。
どこで売っているか調べることもできない。

でもスタローンは、

ばなな
と言っている。

そこでウチの父親は考えた。

当時「喫茶店」というものはあった。
そのメニューの中に
パフェ、
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があれば、きっとバナナがあるのではないか!

そして喫茶店に駆け込み、交渉。

「スタローンっていう、はい、そうです、あの、ロッキー。
そうそう、ボクシングの。
ええ、日本に来てるんです。
それで京都に来たいって言ってね。
大スターなんですけど、
『バナナ食いてー』ってゴリラみたいなこと言うんですよ」

と言ったかどうかは知らないが、
とにかく交渉成立で、
喫茶店からバナナを買ったらしい。

大スターのお守りは大変だ。


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映画配給会社とは、
映画を作っている会社(スタジオ)とは違う。

映画を買い付けて、映画館などの興行先に販売する

というのが基本的な仕事だ。

私の父親は、イギリスが本社の映画配給会社にいて、
主に、アメリカ・ハリウッドで作られている映画を買って、
日本の映画館に売っていた。

アメリカで映画を作っているところと言えば、
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ユニバーサル(スタジオ)
パラマウント
20世紀フォックス
コロンビア
が4大メジャーでこれに
ディズニーも最近は多い。
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実は映画を作っているアメリカでは、
日本にあるような配給会社というものは存在しない。


私の父親の配給会社は、
ユニバーサルとパラマウントの映画を多く配給していた。


ところで、いまは映画はデジタルだけど、
昔はフィルムで撮っていて、
アメリカからも映画がフィルムで届いた。
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こんな感じの、大きな缶の中にフォルムが入っていて、
それを映写機にかける。
映写機が’熱を持つので、フィルムが焼けてしまう、なんてハプニングは今では考えられないが、
映画『ニューシネマパラダイス』をご覧になった方なら解るだろうが、
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途中でフィルムが焼けてしまうシーンがあることからもわかるように
昔はちょこちょこあったらしい。

そのように昔は、いろいろ取り扱いが大変だったフィルム。

さて、
映画が公開されるとき、この言葉を聞いたことがないかな?

「封切り」

映画が公開されること、
初めて上映されることを指すのだが、
これは、フィルムを輸出する際に
フィルムが入っていた缶に封がしてあり
日本に入ってきて、その封を切ることから、
映画の公開を「封切り」と言うようになったそう。

*今は亡き父親情報なので再確認することはできないけれどたぶんん本当*

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前回のブログで、ブルース・ブラザースのことを少し紹介した。


前回の話は彼らの映画の中に出てきた
アレサ・フランクリンというカッコいい女性ソウルシンガーのことになったが、
私が本来書きたかったこは、

私はブルース・ブラザースに会ったことがある

ということ!

私の父親が映画、それもハリウッド映画の配給会社にいたことはこのブログの中で何度かお伝えしているが、
配給会社の仕事としていろいろある中に、
来日したスターの
記者会見のセッティング及びお守り
というのがある。

記者会見はほどんと東京で行われるので、
関西支社の人間は駆り出されないのだが、
たまーーーーーーに、関西でも記者会見をする。

1980年。
映画『ブルース・ブラザース』が公開される際に、
ジョン・べルーシーとダン・アイクロイドは来日をし、
大阪でも記者会見を開いた。

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なんと、その時に
完全なる父親のコネで、
記者でもない私を記者会見会場の中に入れてもらい、
最後に2人のサインまで貰ったのだ!!!

でもなぜ東京だけでなく大阪で記者会見を行ったのか。
その一つは、
「京都に旅行に来たかったので、そのついで」
これが絶対。

そしてもう一つが、
映画『ブルース・ブラザース』の舞台となっているのがシカゴなのだが、
シカゴが大阪と似ているということから。


これは本人達も記者会見んでそのように言っていた。

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記者会見があった会場は、
大阪のオフィス街の中の島だったように覚えている。

大阪市内の中ではちょっとイケている場所で、
ブルース・ブラザースのお二人も、
「大阪はシカゴと似ていてCool」
みたいなことを言っていた(はず)。
*遠い記憶で忘れている*

こちら大阪
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こちらシカゴ
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似てなくもない、っか。

大阪のHPを見ると、
シカゴ
大阪市の姉妹都市に「シカゴ」がちゃんとある!
さすが。


さて、肝心のブルース・ブラザースお二人のサインだが、
アメリカの家を探してもないので、
きっと日本に残したままなのだと思う。
次に日本に帰った時に探してみて、そのときにご披露したいので、
今回は、なし。ごめんね。


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先日、ライブを見に行った。
場所はここ。
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中に入ると、こんなお二人さんの人形があった。

BB
(サマンサ顔、加工処理)

The Blues Brothers

もしかしてご存知ない??
というか、写真が暗い?
(ごめんなさい)

はい、このお二人。
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ジョン・べルーシー

ダン・エイクロイド

「ブルース・ブラザース」はこの2人を中心に結成されたバンドで、
1980年にアメリカで同名の映画が作られている。

映画の監督は、ジョン・ランディス

ジョン・ランディスといえば、
エディ・マーフィー主演の映画『星の王子ニューヨークへ行く』などの映画監督であると同時に
マイケル・ジャクソンのMV
『スリラー』
MJ STYLE
超有名。
今でもハロウィーンではどこかで誰かが踊っている。

『ブラック・オア・ホワイト』
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顔がどんどん変わっていく、あのMV。
当時としてはかなり画期的。

これらの監督としても有名。

話を戻して、映画『ブルース・ブラザーズ』は
もともとTV番組「サタデーナイトライブ」のコーナーだった。
ここにジョン・べルーシーとダン・エイクロイドがメンバーで出演していて、
そこにストーリーを付けて映画化したもの。

舞台はシカゴ。
刑務所から出所した二人が生まれ育った孤児院を救うために
ライブをするというお話で、
実は、突然歌い出すミュージカル♬

その中で、レストランのおばちゃん役の
アレサ・フランクリンがめちゃカッコいい。
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(おばちゃんアレサの毛皮すごいな)
アレサ・フランクリンは2018年に亡くなってしまっているのだが、
アメリカのソウルミュージックを語る上で、このヒトなしでは始まらない。

彼女の曲を後々いろいろな人がカバーしているので
「あ、聞いたことがある」
というものも多いはず。


映画「ブルース・ブラザース」の一場面
♬「Think」
後にMVを撮るジョン・ランディスのベースがここにある気がする。



アレサの歌をもう少し聞いてみたいと思った人は、コチラ。


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