今回の映画レビューはまたまたモノクロの映画、つまりクラシック。
その名も『情婦』をご紹介。
今だとなかなか付けられないタイトル。

そして前回ご紹介した映画『ユージュアルサスペクツ』に続いてのラストの衝撃が半端ない。
前回の映画レビュー👇
先に言う。
「この映画の結末は決して人に話さないでください」
このテの作品は多いが、(『シックスセンス』など)
本当にこの映画を見ると、最後にテロップでこのように出てくる。
予告編でもこの「最後は誰にも言ってはならぬ」という注意が出てくるぐらいの厳重さ。
それぐらい、「はあーーーっ!そうきたか!!」とのけぞるようなラストシーンが待っている。
主演は、
その昔、男前俳優といえばこの人と言われた、タイロン・パワー。
そしてドイツ出身の個性派女優、マレーネ・ディートリヒ。
誰?
そうでしょう、そうでしょう。
この作品の公開は1957年だから65年以上前。
当時の俳優たちは子役でも存命か怪しい。
でもマレーネ・ディートリヒは最近の映画にチラッと出てきた。
Queenのフレディ・マーキュリーの生涯を描いた『ボヘミアンラプソディー』
このQueenのアルバムジャケットはご存じの人が多いかもしれない。

このショットのインスピレーションになったといわれているのが、
マレーネ・ディートリヒのこの写真。

『ボヘミアンラプソディー』の中では、フレディが買った新しい家の壁にかかっていた。
決して正統派美人ではないが、カッコイイ姉さんなのだ。
さて『情婦』に話を戻そう。
『情婦』の英語の原題は、The Witness for the Prosecution(検察側の証人)

原作はあのサスペンスの巨匠、アガサ・クリスティが1925年に発表した同名の法廷サスペンス。
そしてこの素晴らしい原作を映画化したのが、
このブログでも紹介した『アパートの鍵貸します』、そのほかに『お熱いのがお好き』『サンセット大通り』など名作を撮ったビリー・ワイルダー。
監督と脚本を手掛けている。
彼はお色気コメディやウィットを効かせた社会派コメディ(どっちもコメディやん)のイメージがあったが、この『情婦』は打って変わってサスペンス。
ビリー・ワイルダーの才能の幅を感じる。
「検察側の証人」は法廷劇である。
法廷劇といえば、弁護側、検察側、被告人、証人と”しやべらなくてはならない人物”が多いため、脚本の良しあしがストレートに作品の出来に影響する。
原作の良さもあるとは思うが、各役者の特性を生かした演出と脚本にはうならされる。
では少しどのようなお話なのかを紹介しよう。

イギリス・ロンドンのベテラン弁護士ウィルフリッド卿の病気が回復、
口うるさい看護師とともに退院し、自分のオフィスに戻ってくるところから映画はスタートする。
退院したばかりのウィルフリッド卿に殺人事件などの大変な仕事は無理と看護師は言うが、
彼の退院を待ち受けていたように一人の依頼者が相談にやってくる。
それがタイロン・パワー演じるレナードだ。
彼は、ある未亡人殺人の重要な容疑者とされている。
というのも、ひょんなことから資産家の未亡人と知り合いになったレナードが何度も彼女の家に遊びに行くうちに仲良くなり、
未亡人は、彼女の遺産をレナードに渡すと遺言を書き直したのだ。
そんなとき、未亡人は殺された。
あまりにもタイミングが良いため、未亡人の世話を長年行っていた家政婦はレナードを疑う。
レナードは遺言のことも知らないし、犯行も自分ではないと否定。
しかし問題なのは、彼の無罪=アリバイを証明できるのが彼の妻だけだということだ。
身内の証言は証拠として弱い。
いくらレナードが犯行を否定し、妻が証言しても他に決定的な証拠がなければ彼の無実を証明するのは難しい。
そしてついに彼は殺人容疑で逮捕されてしまう。

そんなときレナードの妻が弁護士事務所にやってくる。
それがマレーネ・ディートリヒ演じるクリスティーナだ。

彼女はレナードの無実を証言できる唯一の人物であるが、
話を聞くと、「レナードとは正式な夫婦ではない」「ドイツに本当の夫がいる」など不審なことを言い出す。
レナードと一緒になったのはドイツを出て生きるためだと。
この妻は、レナードに有利な証言をしないつもりなのか…?
しかしクリスティーナは言う。
「彼のアリバイは証言するわよ。ご心配なく」
ここでベテラン弁護士ウィルフリッド卿はこの事件には何か深い事情のようなものがあると感じる。
本当にレナードは無実かどうか疑わしく思うも、彼は弁護を引き受ける。
この弁護士ウィルフリッド卿が非常に味がある。
普段はわがままで看護師の言うことをきかない太っちょオヤジなのだが、
いったん法廷に立つとキリリと鋭いことを言い場を圧倒する。
演じるのはチャールズ・ロートンという俳優。
彼のプライベートでの伴侶でもあるエルザ・ランチェスターが看護師役で出ていて、この2人のやりとりが可笑しい。
禁煙と言われているのに人から葉巻をもらってこっそり吸ったり、
薬を飲むための水筒にお酒を入れたりしていつも看護師を困らせる。
法廷の机の上に錠剤を並べて遊んでいるように見えて、証人の曖昧な発言には鋭く反論のひと言を投げかける。

こういったコメディ的なセンスは、やはりビリー・ワイルダー監督だからこそ。
さすが。
裁判が開廷されると、弁護側、検察側ともに一進一退の攻防が繰り返される。
そんな中、検察側が驚きの証人を召喚した。
それが、レナードの妻、クリスティーナだった。

本来彼のアリバイを証言する立場のクリスティーナがこともあろうか検察側の証人として現れた。
そこで彼女は衝撃的な証言をする。
「私は嘘をつけと頼まれた」
「犯行当日レナードが遅くに戻り、彼のシャツには血が付いていた」
えーーー!?
レナードの無実を証明するんじゃないのか?
これがまず一つ目の”どんでん返し”
これで形勢は一機に検察側に傾く。
打開策が見つからない弁護側。
そこにある中年女性から1本の電話がかかる。
この女は誰なのか?何を知っているのか?
さて裁判のゆくえは…。
ここからはネタバレバリバリになるので書けない。
しかしこの中年の女性の持つ”決定打”が裁判を決する。
これが二つ目の”どんでん返し”。
しかし映画はここで終わらない。
何度”どんでん返し”が起こるのかを書くと、それもまたネタバレになるのでハッキリと書きたくないが、あと2回以上は”だーいどーんでーん返し”が起こる。
最後まで油断できない!!
映画の長さは116分。
昔の映画は短い傾向があるが、その中では長め。
もちろん1957年の映画ゆえ、古い感じはするし、今では通じない証拠のようなものも出てくる。
(DNA鑑定など出てこない)
そして先に書いたように法廷劇は台詞が多い。
2時間の法廷劇は観るために少し体力はいるが、
その大変さを和やかにしてくれるのが弁護士ウィルフリッド卿を演じているチャールズ・ロートンだ。
彼の茶目っ気たっぷりの演技が緊張の中に緩和を入れてくれるので、いったん気持ちがほっこりして、堅苦しくなりがちな法廷サスペンスを観やすくしてくれている。
その名も『情婦』をご紹介。
今だとなかなか付けられないタイトル。

そして前回ご紹介した映画『ユージュアルサスペクツ』に続いてのラストの衝撃が半端ない。
前回の映画レビュー👇
先に言う。
「この映画の結末は決して人に話さないでください」
このテの作品は多いが、(『シックスセンス』など)
本当にこの映画を見ると、最後にテロップでこのように出てくる。
予告編でもこの「最後は誰にも言ってはならぬ」という注意が出てくるぐらいの厳重さ。
それぐらい、「はあーーーっ!そうきたか!!」とのけぞるようなラストシーンが待っている。
主演は、
その昔、男前俳優といえばこの人と言われた、タイロン・パワー。
そしてドイツ出身の個性派女優、マレーネ・ディートリヒ。
誰?
そうでしょう、そうでしょう。
この作品の公開は1957年だから65年以上前。
当時の俳優たちは子役でも存命か怪しい。
でもマレーネ・ディートリヒは最近の映画にチラッと出てきた。
Queenのフレディ・マーキュリーの生涯を描いた『ボヘミアンラプソディー』
このQueenのアルバムジャケットはご存じの人が多いかもしれない。

このショットのインスピレーションになったといわれているのが、
マレーネ・ディートリヒのこの写真。

『ボヘミアンラプソディー』の中では、フレディが買った新しい家の壁にかかっていた。
決して正統派美人ではないが、カッコイイ姉さんなのだ。
さて『情婦』に話を戻そう。
『情婦』の英語の原題は、The Witness for the Prosecution(検察側の証人)

原作はあのサスペンスの巨匠、アガサ・クリスティが1925年に発表した同名の法廷サスペンス。
そしてこの素晴らしい原作を映画化したのが、
このブログでも紹介した『アパートの鍵貸します』、そのほかに『お熱いのがお好き』『サンセット大通り』など名作を撮ったビリー・ワイルダー。
監督と脚本を手掛けている。
彼はお色気コメディやウィットを効かせた社会派コメディ(どっちもコメディやん)のイメージがあったが、この『情婦』は打って変わってサスペンス。
ビリー・ワイルダーの才能の幅を感じる。
「検察側の証人」は法廷劇である。
法廷劇といえば、弁護側、検察側、被告人、証人と”しやべらなくてはならない人物”が多いため、脚本の良しあしがストレートに作品の出来に影響する。
原作の良さもあるとは思うが、各役者の特性を生かした演出と脚本にはうならされる。
では少しどのようなお話なのかを紹介しよう。

イギリス・ロンドンのベテラン弁護士ウィルフリッド卿の病気が回復、
口うるさい看護師とともに退院し、自分のオフィスに戻ってくるところから映画はスタートする。
退院したばかりのウィルフリッド卿に殺人事件などの大変な仕事は無理と看護師は言うが、
彼の退院を待ち受けていたように一人の依頼者が相談にやってくる。
それがタイロン・パワー演じるレナードだ。
彼は、ある未亡人殺人の重要な容疑者とされている。
というのも、ひょんなことから資産家の未亡人と知り合いになったレナードが何度も彼女の家に遊びに行くうちに仲良くなり、
未亡人は、彼女の遺産をレナードに渡すと遺言を書き直したのだ。
そんなとき、未亡人は殺された。
あまりにもタイミングが良いため、未亡人の世話を長年行っていた家政婦はレナードを疑う。
レナードは遺言のことも知らないし、犯行も自分ではないと否定。
しかし問題なのは、彼の無罪=アリバイを証明できるのが彼の妻だけだということだ。
身内の証言は証拠として弱い。
いくらレナードが犯行を否定し、妻が証言しても他に決定的な証拠がなければ彼の無実を証明するのは難しい。
そしてついに彼は殺人容疑で逮捕されてしまう。

そんなときレナードの妻が弁護士事務所にやってくる。
それがマレーネ・ディートリヒ演じるクリスティーナだ。

彼女はレナードの無実を証言できる唯一の人物であるが、
話を聞くと、「レナードとは正式な夫婦ではない」「ドイツに本当の夫がいる」など不審なことを言い出す。
レナードと一緒になったのはドイツを出て生きるためだと。
この妻は、レナードに有利な証言をしないつもりなのか…?
しかしクリスティーナは言う。
「彼のアリバイは証言するわよ。ご心配なく」
ここでベテラン弁護士ウィルフリッド卿はこの事件には何か深い事情のようなものがあると感じる。
本当にレナードは無実かどうか疑わしく思うも、彼は弁護を引き受ける。
この弁護士ウィルフリッド卿が非常に味がある。
普段はわがままで看護師の言うことをきかない太っちょオヤジなのだが、
いったん法廷に立つとキリリと鋭いことを言い場を圧倒する。
演じるのはチャールズ・ロートンという俳優。
彼のプライベートでの伴侶でもあるエルザ・ランチェスターが看護師役で出ていて、この2人のやりとりが可笑しい。
禁煙と言われているのに人から葉巻をもらってこっそり吸ったり、
薬を飲むための水筒にお酒を入れたりしていつも看護師を困らせる。
法廷の机の上に錠剤を並べて遊んでいるように見えて、証人の曖昧な発言には鋭く反論のひと言を投げかける。

こういったコメディ的なセンスは、やはりビリー・ワイルダー監督だからこそ。
さすが。
裁判が開廷されると、弁護側、検察側ともに一進一退の攻防が繰り返される。
そんな中、検察側が驚きの証人を召喚した。
それが、レナードの妻、クリスティーナだった。

本来彼のアリバイを証言する立場のクリスティーナがこともあろうか検察側の証人として現れた。
そこで彼女は衝撃的な証言をする。
「私は嘘をつけと頼まれた」
「犯行当日レナードが遅くに戻り、彼のシャツには血が付いていた」
えーーー!?
レナードの無実を証明するんじゃないのか?
これがまず一つ目の”どんでん返し”
これで形勢は一機に検察側に傾く。
打開策が見つからない弁護側。
そこにある中年女性から1本の電話がかかる。
この女は誰なのか?何を知っているのか?
さて裁判のゆくえは…。
ここからはネタバレバリバリになるので書けない。
しかしこの中年の女性の持つ”決定打”が裁判を決する。
これが二つ目の”どんでん返し”。
しかし映画はここで終わらない。
何度”どんでん返し”が起こるのかを書くと、それもまたネタバレになるのでハッキリと書きたくないが、あと2回以上は”だーいどーんでーん返し”が起こる。
最後まで油断できない!!
映画の長さは116分。
昔の映画は短い傾向があるが、その中では長め。
もちろん1957年の映画ゆえ、古い感じはするし、今では通じない証拠のようなものも出てくる。
(DNA鑑定など出てこない)
そして先に書いたように法廷劇は台詞が多い。
2時間の法廷劇は観るために少し体力はいるが、
その大変さを和やかにしてくれるのが弁護士ウィルフリッド卿を演じているチャールズ・ロートンだ。
彼の茶目っ気たっぷりの演技が緊張の中に緩和を入れてくれるので、いったん気持ちがほっこりして、堅苦しくなりがちな法廷サスペンスを観やすくしてくれている。


















